2005/11文科省・動物実験基本指針案に対して申し入れ

国際基準に照らして恥ずかしくない内容を!
    ~動物実験の指針制定に向けて~

 

  文部科学省が、動愛法の改正等を踏まえて基本的な動物実験の進め方(基本指針)の検討作業を行っています。日本学術会議等の学術団体や業界団体が作成しようとしている統一ガイドラインの上位の指針となることを想定したもので、本格的な国レベルの動物実験における指針としては日本初の制定となる見込みです。環境省の実験動物基準以上に動物実験そのものに対して深く踏み込んだ内容となることが期待されます。しかしながら今までの検討作業部会の議論では、18年も前に出された昭和62年の文部省学術国際局長通知(大学等における動物実験について)をベースに少々文言を修正、追加する程度といった流れになっており、時代を反映しないおざなりな内容となってしまうことが大変懸念されます。私達はせめて20年前に定められたEUの理事会指令(COUNCIL DIRECTIVE 86/609/EEC)やCIOMS(国際医学団体協議会)の医学生物学領域の動物実験に関する国際原則(1985)等の国際基準に比べて遜色無い内容となることを強く望んでいます。


  これらの観点からこの度私達は国内外の関連規定を参照しつつ、日本国内の現状に照らして無理の無い範囲となることに配慮し、要望事項をまとめました。


  皆様におかれましては、日本で犠牲となる年間1000万匹の動物達に成り代わって、下記提案を参考にされ、ぜひとも意見要望を文部科学省へ提出いただきたく、よろしくお願い申し上げます。

 

<意見要望先>
 文部科学省研究振興局ライフサイエンス課
 (文部科学省 科学技術・学術審議会 研究計画・評価分科会 ライフサイエンス委員会 動物実験指針検討作業部会 事務局)
 〒100-8959 東京都千代田区丸の内2-5-1
電話: 03-5253-4111(内線4106)
    03-6734-4106(直通)
e-mail: na725@mext.go.jp


(参)動物実験指針検討作業部会委員名簿
    動物実験指針検討作業部会(第2回)配布資料

 

文部科学省・動物実験指針への要望事項

 

1 原則的考え方に動物福祉への配慮と3Rを明記
 原則的な考え方として「動物福祉への配慮」、及び3Rの概念を明記する。
 <説明>
 実験動物は人の利益のために犠牲となることを強いられた動物であるが、動物福祉はそのような犠牲を肯定した上で尚守るべき概念(苦痛を最小限とし健康、安寧、幸福の実現を図ること)として尊重されるべき有効な概念である。人の利益のために大きな犠牲を強いられている動物に対し、実験の目的に支障を与えない範囲でこれらの事柄に配慮することは人類の最低限の責務である。また3R(Reduction,Replacement,Refinement)は、世界各国の法規やCIOMS(国際医学団体協議会)の動物実験に関する国際原則(1985)にも謳われている国際的に認められた動物実験の原則であるが、昭和62年の文部省通知ではこの概念の明記が曖昧で不十分である。EU指令やCIOMSの原則等に倣い、積極的で明確な表現とすべきである。

 

2 環境エンリッチメントへの配慮
  実験動物の健康及び安全の保持は勿論のこと、生理生態を尊重した飼育条件(群れや組み合わせ等)、自然な行動が発揮できる環境、遊具や隠れ場等による豊かな環境の構築等について言及する。
 <説明>
 近年、環境エンリッチメントの考え方は、動物園のあり方の見直し等をはじめとして、実験動物や畜産動物の分野でも議論や研究が行われてきている。実験関係者の一部に見られる「実験動物の飼育条件は家庭動物や展示動物の飼育条件とは分けて考えるべきだ」という意見は実験動物を単なる材料とみなし、経済効率のみを優先させる非人道的で無責任な言い分であり、生命に対する差別である。動物実験で多く使われるげっ歯類は、現在では多くの人々がペットとして飼っており、それらの生き物の福祉を配慮するにあたって家庭動物や展示動物と分けて考える理由は何等存在しない。国際的な動物福祉の原則であり、OIE(国際獣疫事務局)の動物福祉原則に関する指針(2004)にも盛り込まれた5つの自由や、最近改正された環境省の「展示動物の飼養及び保管に関する基準」(2004)等を参考として、豊かな飼育環境の構築について言及すべきである。

 

3 指針(苦痛カテゴリーを含めること)と動物実験委員会の設置
・ 各機関の責任者へ動物実験指針と動物実験委員会の設置を求める。
・ 指針については必ず動物の苦痛レベル分類と対処法、委員会の認可基準について定める。
・ 動物実験委員会は、実験動物学又は獣医学に関する知識並びに経験を有する者、生命科学領域並びに人文・社会科学領域の有識者、その他機関の長が必要と認める者をもって構成し、できる限り当該機関と利害関係の無い外部の人間も含める。
・ 動物実験委員会は、実験実施者に対し、実験計画書を作成させ、これを審査するとともに、(1)倫理的または科学的に適正な計画でないと認められる場合、または(2)動物の苦痛に比して重要性が低いと認められる場合、または(3)既知や類似の実験データが存在すると認められる場合には、実験実施者に対し実験方法の改善または実験内容の変更と実験計画書の再提出もしくは実験計画の取り下げを行わせる。
・ 動物実験委員会は、当該機関の施設を査察し、実験動物の飼養及び保管状況並びに実験等の実施状況を把握して、管理者に報告及び助言を行うとともに、実験計画書から逸脱した実験等又は倫理的及び科学的に適正でないと認められる実験等については、実験実施者に対して実験方法の改善、又はその実験等の中止を指示する。
 <説明>
 指針と動物実験委員会の設置は実質的に何の法的規制も設けられていない現状の動物実験に対して施設や機関単位で自主的に設けられるべき最低限の制度である。指針の設置にあたっては特にRefinementを客観的・科学的に達成するため、苦痛のカテゴリーと認可基準を定めることが大切である。また委員会の構成は、動物福祉や社会的意義の妥当性を評価するために動物の専門家や人文・社会科学領域の専門家を含めること、また公平性の観点から当該機関と利害関係の無い人間を含めることが望まれる。また委員会の役割としては実験計画書の審査と施設の査察が本指針に沿った適正な動物実験の実施を担保するために最低限必要な事項である。
 (参)SCAW(Scientists Center for Animal Welfare:北米の科学者で構成する非営利組織)
 動物の管理および使用に関する委員会を効果的に運用するための勧告 4.
「委員会のメンバーには多分野にわたる専門家を選ぶことが望ましい。」
(例として、獣医師、実験動物科学者、疼痛の専門家、地域を代表する人、人文科学・倫理学・法学の専門家、研究機関における管理者、飼育スタッフ、学生が挙げられている。)
米国動物福祉法第13条(b)1-B
「少なくとも1名の委員は,
委員会の委員である以外には,当該施設になんらかの密接な関係を持たない。」
米国動物福祉法第13条(b)3
「委員会は,かかる研究施設の動物実験区域等の動物施設のすべてを少なくとも半年に1回査察し,本条例の諸規定が遵守されて動物の苦痛が最小限に抑えられることを確実にするために,査察の一部として以下の事項を検討する。
(A)動物の苦痛が伴う慣行。
(B)動物が置かれている条件。」

 

4 実験等の計画にあたっての配慮(3R遵守、実験計画書作成)
・ 実験実施者へ動物実験委員会への実験計画書の提出を求める。
・ 実験計画書には実験実施者、動物実験の目的及び期間、使用施設、実験動物の種類並びにその数、実験動物の入手先、動物への処置の方法、実験動物が被る痛み及び不快感の概要と苦痛レベル分類及びその軽減法、数の削減や代替法の検討、実験終了後の処置等の記載を求める。
・ 実験等の計画にあたっては3Rの原則の適用と遵守を求める。
・ 実験等の計画にあたっては既知の研究や類似の実験データのある実験の自粛を求める。
・ 専用に繁殖された動物以外の動物(野生動物や野良犬猫、元家庭動物や元展示動物等)の使用を原則禁止とする。
 <説明>
 実験計画書の事前提出及び実験計画書の作成にあたっては3Rの適用と遵守を求めることが必須である。また実験の計画にあたってはReductionの観点から重複・類似実験の自粛、及びRefinementの観点から専用に繁殖された動物以外の動物を特別な研究目的上の理由が無い限り原則として使用しないことを求める。

 

5 長時間かつ強い苦痛を伴う実験の原則禁止
  持続的かつ強い苦痛を伴う実験の原則禁止を定める。
 <説明>
 持続的かつ強い苦痛を伴う実験は理由の如何を問わず倫理的に最も制限されるべき行為として、原則禁止を明確に謳うべきである。

 

6 無麻酔実験の原則禁止
  すべての実験は原則として全身もしくは局所麻酔下で行うこと、どうしても不可能な場合は鎮痛剤、鎮静剤等の使用により動物の苦痛を最低限に抑えること。また外科的な痛みを与える処置を行う場合には必ず麻酔を使用すること。これらについては獣医学的に認められた方法を用いること。
 <説明>
 国際的にも多くの国の法律や規則で定められており、倫理的観点から必須である。
 (参)EU理事会指令(COUNCIL DIRECTIVE 86/609/EEC)第8条
 「1.すべての実験は全身もしくは局所麻酔下で実施すること。」
 「3.麻酔ができない場合は、鎮痛剤その他適切な方法により、痛み、苦しみ、苦悶または害をできる限り抑え、いかなる場合も当該動物が激しい痛み、苦悶または苦しみを受けることがないよう保証すること。」
  フランス動物実験に関する政令第3条
 「苦痛を与える恐れがある生きた動物に対する実験は、全身または局部麻酔をかけた上で、又は同類の鎮痛法を施した上で実施しなければならない。」
   CIOMS医学生物学領域の動物実験に関する国際原則1-ⅶ
「瞬間的痛み、最小の苦痛以上の苦痛が生じると思われる処置を動物に行う場合には、獣医学的に容認されている適切な鎮静、鎮痛あるいは麻酔処置を行うべきである。」

 

7 麻痺性薬剤や筋弛緩薬の禁止
  苦痛の表明を妨げる麻痺性薬剤や筋弛緩薬を保定のためもしくは麻酔の代わりとして使用することの禁止を定める。
 <説明>
 国際的にも多くの国の法律や規則で定められており、倫理的観点から必須である。
 (参)英国動物(科学的処置)法第17条
 「a.個人免許およびプロジェクト免許により特別に認可されている場合を除き、いかなる神経-筋遮断薬をも使用してはならない。またb.麻酔薬の代わりにいかなる神経-筋遮断薬をも使用してはならない。」
   米国動物福祉法第13条(a)3-C
「麻酔薬を使用せずに麻痺させる手法の禁止」
   ドイツ動物保護法第9条4
 「麻酔をかけない脊椎動物に対しては、痛みの表明が妨げられ、又は制限されるいかなる薬物も使用してはならない。」
   CIOMS医学生物学領域の動物実験に関する国際原則1-ⅶ
「外科手術等の痛みをともなう処置は化学物質によって麻痺させた動物に無麻酔で行ってはならない。」

 

8 障害や苦痛を伴う実験への複数回再使用の禁止
  障害や苦痛を伴う実験に同じ動物を2回以上使用しないことを定める。
 <説明>
 国際的にも多くの国の法律や規則で定められており、倫理的観点から必須である。
 (参)EU理事会指令(COUNCIL DIRECTIVE 86/609/EEC)第10条
 「とりわけ激しい痛み、苦悶またはこれらと同等の苦しみが伴う実験に使用された動物は2回以上使用してはならない。
 米国動物福祉法第13条(a)3-D
「いかなる動物も、以下の場合を例外にして、術後回復を伴う大手術実験には1度以上使用されない。(以下略)」
   ドイツ動物保護法第9条5
 「脊椎動物に対し過酷な手術が行われ、又は脊椎動物を、激しいもしくは持続的な痛み苦しみ又は著しい障害を伴う動物実験に使用したときは、当該動物を、再度の動物実験に使用してはならない。」

 

9 エンドポイントへの配慮
  実験等の終わり、または最中であっても、ひどい苦痛や長時間の痛みと不快にさらされる動物、さらには、不具にならざるを得ない動物は、速やかに致死量以上の麻酔薬の投与等によって、実験動物にできる限り苦痛を与えないように、死なせること。実験実施者及び実験動物管理者は常にエンドポイントの見極めに配慮すること。
 <説明>
 実験の途中であっても動物が耐え難い痛みを被っていると認められる場合には速やかに無痛で死なせることが倫理的観点から必須である。
 (参)CIOMS医学生物学領域の動物実験に関する国際原則1-ⅸ
「実験の最後、あるいは実験の途中でも、動物が耐えられない痛みあるいは慢性的な痛み、回復の見込みのない障害を被っている場合には、動物を安楽死させるべきである。」

 

10 記録の作成と保管及び情報公開について
 管理者等へ(1)実験計画書(2)実験終了報告書(3)動物実験委員会の議事録(4)実験動物の納入及び移送に関わる記録(5)実験動物の飼育管理に関する記録(6)内部査察に関する記録(7)教育、研修に関する記録(8)その他機関の責任者が必要と認める記録の作成と保管を求める。
またこのうち(3)動物実験委員会の議事録や(7)教育、研修に関する記録、及び動物実験指針等、当該機関における動物福祉への取り組みを表すものについては、研究のプライオリティー等に支障を来さない範囲でできる限りインターネット又は機関誌等を用いて、一般市民への情報公開を行う旨を定める。
 <説明>
 記録を作成し残すことにより倫理的及び科学的な客観性を担保する。また指針や委員会議事録については積極的に社会へ公開し、市民の理解を得るとともに、広く社会的な客観性を担保する。

 

11 実験動物管理者の設置、安楽死を行う人間、実験実施者、飼養者の資格
・ 機関の責任者は実験動物の健康と安全の保持及び機関内の動物福祉を推進するために、十分な人数の実験動物管理者を置くこと。
・ 実験動物管理者及び安楽死を行う人間は、獣医師または実験動物学に関する十分な知識並びに経験を有する者を充てること。
・ 飼養者はできる限り獣医学または実験動物学に関する知識並びに経験を有する者を充てること。
・ 実験実施者は、一定度の獣医学または実験動物学に関する知識を有する者であること。また常に麻酔や保定方法その他の動物福祉に関する知識や技術の習得に努めること。
 <説明>
 実験動物に関わる人間は倫理的及び科学的な観点から動物の生態や健康と福祉に関する専門性が要求される。何の資格も要求されない現状は社会通念に照らして極めて異常である。
 (参)CIOMS医学生物学領域の動物実験に関する国際原則1-ⅹ
「通常の動物の管理は、実験動物科学の分野で経験を持っている獣医師の監督の下でなされなければならない。必要な場合には動物にいつでも獣医学的な管理が与えられるようにしておくべきである。」

 

12 実験実施者や飼養者に対する教育・研修制度
  機関の責任者は、実験動物管理者や動物実験委員会等を通じて、実験実施者及び飼養者に対し、実験等における手続きや実験動物の適正な取扱い、並びに実験動物の適正な飼養保管方法について、十分な教育や研修を行うこと。
 <説明>
 実験実施者や飼養者は実験動物へ直接関わる人間であるため、動物の取扱いに関して知識や経験の豊かな人間から十分な教育や研修を受けることが不可欠である。
 (参)CIOMS医学生物学領域の動物実験に関する国際原則1-xi
「実験者や関係者が動物に処置を行うに当たって、彼らが適切な資質や経験を持っていることを保証する責任は、研究機関や学部の長の責任である。実験者や関係者に対して内部訓練が受けられる適切な機会を与え、そこで動物に対する適切で人道的な対応の仕方を教育すべきである。」

 

13 実験動物の譲渡(生存機会の拡大)
 実験等を終了し、又は中断した実験動物の処分として、障害や疾病の程度が軽く、かつ安全衛生上問題がなく、かつ譲渡に適すると認められる動物については終生飼養を希望する者へ譲り渡す等の措置を定めること。実験等に使用されない余剰動物や施設の廃止時における動物の処分についても同様とする。
 <説明>
 実験動物といえども命あるものであることに鑑み、可能な限り生存機会の拡大に努めるべきである。実験動物として多く使われるげっ歯類は近年、家庭動物として飼養する者も増えており、また一部の大学では実績もあり、制度さえ整えば十分可能である。